プロフィール

はじめまして、水彩画家のすなおと言います。

私は現在、犬の肖像画家として活動する傍ら、風景画を描いています。

私がどうやって画家になったのかここで紹介させて頂きます。

 

昔は絵が下手だった?!

私は幼稚園の頃、先生からよく絵の注意を受ける子供でした。

なぜかと言うと、先生が言った通りの絵を描かない子供だったからです。

小さい頃から絵を描く事が好きだった私は、言われるままに描くのではなく、伸び伸びと描きたかったのですが、勝手気ままな性格が先生には受け入れられなかったようで、ダメな子認定を受け、いつも描きなおしをされました。

小学校に上がってからも図工の時間、先生には私の絵が受け入れられなかったようで、こちらは通信簿5段階の何と2をもらう始末!

私がどれだけ画家とは遠い存在だったかがお分かりの事と思います。

理解者との出会い

幼稚園、小学校と、大人に理解されない時を過ごし、自分は何でこんなに絵が好きなのに下手くそ何だろうとずっと悩んでました。

ところが、中学に進学すると、状況が一変します。

中学では、小学校時代には無かった美術の授業があり、先生も美術専門の教師でした。

初めて出会ったプロの絵描きに初めて自分の絵を見てもらう機会に触れたのです。

「君には才能があるよ。」

今まで散々注意を受けてきた私が、初めて大人に評価された瞬間でした。

小学校の頃の通知表は2だったのに、中学に入ってからは、なんと3年間10段階の10を頂きました。

考えてみれば、幼稚園、小学校ともに先生は絵に関して素人でした。

まともな評価が得られなかったのも当然かもしれません。(それでも、酷評されすぎだったと思いますが、まあそれがかえって見返そうという気力を生んだので良かったと思います。)

人との出会いって大事ですね!

社会人で苦労した話

大学に入って美術部に入り、授業そっちぬけで絵を描くか漫画を描くかだけの時間を過ごしました。

将来絵に関する仕事をする事しか考えていなかったのです。

そんな私を心配した両親が、しっかりと就職しなさいと卒業を前に何度も何度も口を酸っぱく言ってきました。

漫画家か画家になりたい等といっても親や世間には戯言にしか聞こえないのですからしかたありません。

色々あって専門学校を経由して(絵描きには無用な国家資格を二つ持っていますが今の私には何の価値もありません)

就職しました。

社会人になってからが本当に地獄でした。

初めて就職した先が、深夜残業が当たり前で月に4日しか休みがなく、しかも社長のパワハラがすごい所でした。

毎日怒鳴られ、寝不足のため仕事はミスを繰り返し、また怒鳴られを繰り返すうちに私は次第にストレスで死にそうになりました。

死ぬくらいなら仕事をやめようと決心して、地獄のような環境から何とか抜け出すことが出来たのでした。

※電通の仕事に耐えられずに自殺したニュースや、教師間のいじめのニュースなどありましたが、地獄のような苦痛の環境も、ルーティンワークになるとそれが当たり前の世界のように勘違いしてしまい、結果気が付いたら手遅れになってしまうことがあります。特に、絵描きは感受性が人より敏感なので、このプロフをみている方で死ぬ思いで働いている方は私のように決断するのも大事だと思います。

画家としての修業時代

社会人での苦しみを抜け出した私は、しばらく抜け殻のようになっていました。

しかし、このままではいけないとアルバイトをし、気持ちも落ち着いてきたころから正社員としてまた会社勤めをするようになりました。

以前のような劣悪な環境では無かったため仕事も続いていきました。

だけど、何か物足りなさを感じていました。

心身共に回復した私はまた以前のように絵が描きたくなったのです。

会社勤めで一度死にそうになった経験から、一度きりの人生、やっぱり絵に関わる仕事がしたいと思うようになりました。

その気持ちは、以前にもまして強くなっていたのです。

そのためには本格的に勉強しなければと絵画教室に通いました。

ある程度上達してからは、もっと本格的に学ぶことを決意し、上京しました。

そして、自ら有名な画家の門を叩き教えを請いました。

それだけ本気だったのです。

※修業時代の静物画

ペットの似顔絵を始めた話

画力も向上し、周りも少しづつ認めてくれるようになった頃、私は力試しのつもりでペットの似顔絵を始めました。

ペット似顔絵は思った以上に評判がよく、動物好きな方から次々と注文を頂きました。

ペットサロンにDMを送ったりと商売の素人ながら色々工夫してやったものでした。

公募の賞を狙っていた頃とは違い、お客様が喜ぶ絵を描く緊張感と喜びを知った時期でした。

面白かったのは、モモンガの注文があった時です。

指の形が複雑で、描き上げるのに本当に苦労したのを覚えています。

犬の肖像画家に転向する

ある日、私はゲン担ぎのために埼玉屈指のパワースポット三峰神社に参拝に行きました。

三峰は、神社の中でも珍しくお犬様(オオカミ)が祭られている社でした。

私はそこで不思議な体験をしました。

「犬の絵を描きなさい」

実際に聞こえた訳ではありませんが、なんだかお犬様がそう言っているような気がしたのです。

もともとペットの似顔絵の依頼のほとんどが犬の絵の依頼でした。

そこから私はペットという幅広いジャンルから犬の肖像画に絞って活動するようになりました。

犬の画家としてメディアに紹介されました

 

犬の画家として活動していたある日、私のホームページを見た記者から取材の申し入れがありました。

犬の社会問題について考える画家として、私の理念に共感してくださったのが取材のきっかけでした。

将来の夢についてかなり大きな事を書いていたのですが、記者の皆さんは真剣に話を聞いて下さったのでとても嬉しかったのを覚えています。

まだ大きな夢は叶っていませんが、折角記事にして頂いたので、夢が実現するように頑張る次第です。

※夢が書いてあるホームページはこちら↓

https://wankomate.com/

海外で漫画家としてのデビューも決まりました

尊敬する画家の紹介で、オーストラリアの漫画アプリに応募するチャンスに恵まれました。

ダメもとで送ってみたところ大変気に入って下さり、見事採用される事となりました。

もともと漫画家を目指していたので、この時はとても嬉しかったです。

「へ?よく英語でセリフが書けたねって?」

とんでもない、英語なんかさっぱり分かりません。

漫画はセリフ無しのサイレント漫画です。

国境を越えて漫画で勝負する方法は色々あるわけです。最初から諦めていてはチャンスもやってこないと思います。

風景画家としての活動

当初、犬の絵の絵画教室をやろうと思っていたのですが、犬の絵の依頼を下さったお客様達から習うなら風景画がいいとの声が多かったため、風景画を描くようになりました。

子供の夏休みの絵の宿題にアドバイスができるようになりたいなど、割と実用的な目的で習いたい方もいらっしゃいました。

犬の絵や肖像画と違って、気軽に簡単に取り組めるように誰でも分かりやすい風景画のマニュアルを作って、将来はパソコン上で学べるオンライン水彩画教室を始める予定です。

すなおの略歴

2008 熊本市役所の市政パンフレットの表紙を描く(29万枚発行)

2011埼玉麓原展 特選

2012埼玉麓原展 特選

2013現代童画展 入選

風車の書画展 銅賞

2014埼玉麓原展 特選

2015~ 公募での出品をやめ、ペット似顔絵を始める

その後、犬の肖像画家となる。

オーストラリアにて漫画が採用される。

2019  現在、風景画のオンライン教室を作成中。